てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)/創元社①

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)/創元社

 孫埼享氏の「戦後史の正体」をやりたいと思います。しかし孫崎さん一杯本出してますね。

カナダの教訓―「日米関係」を考える視点/ダイヤモンド社

アメリカに潰された政治家たち/小学館

日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書 905)/筑摩書房

日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書)/講談社

転ばぬ先のツイ/メディア・パル

不愉快な現実 中国の大国化、米国の戦略転換 (講談社現代新書)/講談社

日本人のための戦略的思考入門――日米同盟を超えて(祥伝社新書210)/祥伝社

情報と外交/PHP研究所

日本外交 現場からの証言―握手と微笑とイエスでいいか (中公新書)/中央公論社

日本人が知らないウィキリークス (新書y)/洋泉社

総合的戦略論ハンドブック/ナカニシヤ出版

長いんで分割してやりますが、まあ読みたい人は直に読んだほうが早いですけどね。

 国際関係というのは主体となる支配構造で決まる。有力国・覇権国の意向が先にあって、そのあとにその他周辺諸国は外交を決定せざるを得ないという構造がある。そういうのは国際関係学なんかでは常識なのだが、日本の教養ではそういうことすらあまり知られていないのが現状。氏はそこからスタートする。

 すなわち、日本の外交・政治はアメリカの意向が最優先して大きく働くことになる。とすると当然日本国内ではそれに反発するか、順応するかの二派にわかれることになる。反発派は大抵アメリカの敵対国・勢力と結ぶものだか、本書ではあまりそちらの方面には焦点を当てていない。本書の主眼は米だからだ。

 こういうとき、往々にして米に付き従うとは何事だ!この売国奴め!などというヒステリックな反応があり、パワーバランスを冷静に見た時それが正しくても従属を拒否することがある。そして結果さらに痛い目を見るという事がある。韓国が国際情勢を分析せずに結果日韓併合に至ってしまったように。

 氏はこういう立場ではないが、では戦後占領期以後の日米関係を見た場合、それがどれほど冷静なものだったか検証をする。よく言われるようにそれは果たして、国際関係のパワーバランスを適切に分析した上での冷静な判断だったろうか?従属政策は正解だったのだろうか?

 従属と言っても、2つスタンスがあるのは明らかだ。一つは相手の言うことに何でもかんでも阿ること。二つ目は従属は致し方無いと甘受しながら、それでも自分たちの主義主張を唱えて、自分達の立場を貫こうとするものだ。氏は後者こそが外交だとする。氏がそれを従属と捉えるかどうかはまた別問題だが。

 従属云々などの定義はノミナリストに任せておいて、かつては外務省も日本の主義主張・国益をしっかり主張するという立場が主流であった。今やそうではなくなっている!ということに氏は警鐘を鳴らす。日米同盟でアメリカは日本を守り、日本に恩恵を与えてくれるものだという妄想にその一端がある

 日米同盟の原点を見れば、日米安保が日本のためのものではないことは明らかである。全てはアメリカの国際ゲームのため。国際環境が変われば、日本の価値も重要から友好、あるいは無価値~など、刻点々と変わるもの。無前提に日米関係を公理として外交をスタートさせるのは危険極まりない発想である。

 無前提に日本こそはアメリカの重要なパートナーであり、米が日本のために最大限配慮して行動してくれるという措定からスタートする外交がいかに危険であるかは言うまでもなかろう。外交とは本来、最悪の状態から想定して、それを脱するために戦略を積み上げるものだ。こんなもの外交ではありえない。

 米が日本を無前提に守ってくれるという外交感がいかに虚妄に基づくものか、米や日米関係からスタートする外交ではなく、日本という単位・アクターからスタートする外交がいかに重要か。それを紐解くために氏は、占領・冷戦・講和・安保改定・経済成長・冷戦終結・911などのいくつかの時代区分から分析をしていく。

 氏の日本外交の疑問のきっかけはイラクでの大使経験から。イラク戦争大量破壊兵器を持ってるとか、原理主義フセインがつながっているとか、ちょっと事情を知ってるものならありえないということで戦争が始まった。しかもアメリカの意向だからという理由で意義を挟めず、日本はそれを支持してしまった。

 またアザデガン油田の開発権を米の圧力で放棄させられた(実はこれは間違いではなく、その代償としてアメリカから何を得られたか?駆け引きがポイントなのだが、日本は何を得たのか?まさかホイホイ黙って従ったのか?)。外務省では理由もなく米に嫌われているというだけでポストから外されるのだ。

 日米関係の交渉の席でアメリカと交渉していけそうだ!というときに裏から閣僚・官邸の圧力がかかることがよくあった。米の圧力に最も弱いのが官邸。省単位で諮問機関を作ると交渉で跳ね除けられることがある。しかし官邸直下の諮問機関は米の意向を通しやすい。

 こういうのは陰謀論でもなんでもない。なぜなら元CIA長官が本の中で裏工作、資金援助をしたと書いたり、公文書でCIAが自民党民社党資金提供したことはちゃんと書いてあるのだから。日本の政治家の中で米の圧力をはねのけた、あるいは自立を模索した政治家は重光葵石橋湛山芦田均鳩山一郎、そして意外にも岸信介。この五人である。

 本著は前著『日米同盟の正体』の延長として書かれたものであり、冷戦後からではなく、1945・9/2更に遡った敗戦からさらにその本質を掘り下げようとするものであり、通史として対米追随と自主路線の2つの流れを明示するために描かれたものである。本書を読めば戦後の日本が克明に理解できよう。

 <一章>終戦・占領期。多くの日本人は8/15が終戦だと勘違いしている。正しくは降伏文章に調印した9/2が終戦/敗戦の日である。なぜか?それは都合の悪い事実から目をそらして、自分たちの願望/都合のいい状況を想定して行動する悪癖故。無条件降伏を認めたくないからその9/2だと認めない。

 英米は世界戦略上、日本と戦争をしたがっていたにもかかわらず、日本は独伊と組んでで英国を降伏させれば、米は戦闘継続の意思を失い、講和に持ち込めるという相手の意図を読み誤り、都合のいい願望を想定して戦略を組み立てていた。にも関わらず都合のいい状況を想定して有条件付降伏を主張した。

 武器もなく原爆を落とされる中でどうして有条件降伏ができようか?全くのナンセンスである。優秀な自衛隊の学生でさえ降伏文章を読んだことがない。触れたくない事実から目をそらして戦史を教える。このようなことでどうして新生日本、日本再生がなされようか?失敗から学習せずして一体何の学問なのか?学問以前の問題だ。

 降伏文章を読めばGHQの言いなりになると書いてある。トルーマンは敗戦を意識付けるためにミズーリ号艦隊での調印を要求。降伏の恥辱を皆嫌がる中、責任を引き受けたのは重光葵だった。彼は将来の日本のために自分が捨石になろうではないかという覚悟だった。まさに国士である。

 そしてサンフランシスコ講和の51/9/8まで日本はアメリカの占領下に置かれた。占領という状況、意味合いがわかりにくいだろうから、ぶっちゃけると「完全属国」である。約6年間日本はアメリカの完全属国で在り続けた。GHQは署名9時から僅か7時間午後四時には、驚くべき布告をする予定を告げた。

 三布告は最高司令が三権を掌握し、公用語は英語。米軍は軍事裁判が適用される。米国軍票が通貨となる。すなわち事実上の軍政である。もはや属国どころか併合一歩手前の下準備とも思われるくらいとんでもない要求だ。この要求をマッカーサーに直談判で引っ込めさせたのが重光葵である。

 無条件降伏である以上交渉は許されないというのがトルーマンの持論。そのなか①ポツダム宣言の原則に反する②ひいては混乱を招き統治に支障をきたすというロジックでもマッカーサーを説得できない可能性はあった。重光、そして岡崎には死んでも成し遂げる・国を守るという覚悟があった。

 戦争犯罪人となって責任を追求されそうになって媚びへつらう旧支配階層。朝日新聞を始めとする新聞も占領軍に尻尾をふる情けない限り。新内閣はマッカーサーの意向を受けた吉田が人選を進める傀儡内閣であった。しかし吉田のバックは参謀第二部(G2)のウィロービー。マッカーサーではなかった。

 G2と政治改革担当の民政局(GS)。GSは非軍事化/民主化を主眼に置き、G2は諜報担当から言わずもがな。二勢力の中、後者と吉田コンビが戦後日本指導の中核となったことは戦後日本の幼児体験として強調しすぎてもしすぎることはないだろう。吉田が占領軍と対等に渡り合ったというのは神話にすぎない。

 閑話休題、p38戦後日本政治を裏から操った人物であるチャールズ・ウィロビーの写真がアヘ顔な件(笑)。もっとマシな写真はなかったのだろうか?

 氏は戦後駐留軍に対する慰安婦施設の話を紹介しているが、重光の孤軍奮闘する怒りを理解すれば心中なお察するにあまりあるが、日本のように公娼制度、統治配慮の叡智がない米軍に対処する上では妥当な策だと思われる。この話は反米意識形成の格好のエピソードと感じる。

 重光は調印後わずか二週間で外務大臣を辞任。つまり辞めされられ、公認が吉田茂。自主派パージ、追随派をつけるという最初の事例。高坂正堯氏の影響で評価が高いが、大野勝己元外務次官のようにコソコソ協力するのではなく、積極的に協力しろ!という阿りが吉田氏の実像ではなかろうか?

 占領軍の威光を得た吉田はY項パージで自分の政敵を追放する。重光の盟友岡崎も路線転換して吉田に擦り寄った。戦犯となった重光に尊敬の念を抱いて最後まで信念の旗を降ろさない気概ある外務省の人間は一人もいなかった。事大主義は韓国の専売特許ではなかったのだ。

 <余談>日本の長期政権というのはアメリカの威光があって初めて成立する。この幼児体験を未だに引き釣り続けているのが日本の政治である。日本政治の不安定性、病理はここに基づく。これを虎の威を借る狐ならぬ、GHQの威を借る吉田とでも評そうか。威光システムの打破なくして日本民主政治なし。

 力こそ全てという観念は前近代の発想。明治維新も結局、徳川→薩長。韓国も中国も力こそ全て!という前近代の発想を引きずって権力者に擦り寄るというのは珍しくもなんともない。あの時代なら当然そうだろうなぁと己は感じる。

 日本を保護国と見ているのはオバマ外交顧問ブレジンスキーのように珍しい見方ではない。主権の機能上、政治学上、日本は米の属国もしくは半主権国家である。間接統治=保護国ということは決定権は米にあるということ。独は軍政統治で日本以上だった。

 ボスの軍部がGHQにかわって、ボスが奴隷を統治するという構造と見られていた。マッカーサーに当てた司令文章では権限は彼にあるとなっていて、いざとなったら好き勝手にして良いとある。まさに奴隷。待遇の問題ではなく身分の問題として日本は主人米に従うことを前提としていたのだった。

 日本の首相の自主が許されるといっても、あくまで主人と奴隷の関係の範囲内でのこと。実質的にほとんど自主はありえないといっていい。占領期はともかく、講和後三年間も首相を継続したこと。更にその後この吉田一派、吉田スクール保守本流として政界の中心にあったのが問題の本質。

 講和によって主権を回復したといっても、実質的な機能が変わっていない。これではなんの意味もない。占領時代国家予算の2~3割に当たる巨額費用を駐留費に当てていた。毎度のごとくそれをやむなしとした吉田と、それに反発して追放された石橋湛山がいた。

 カナダにはピアソン・ビルという時の首相が米の圧力に屈せず米に主張を貫き続けた。その偉業から外務省の建物をこう読んでいる。首相が何代変わっても、外交方針が変わらなれば米も圧力をかけてもどうしようもなくなる。日本はどうか?石橋ビルができたか?公職追放の憂き目にあった時シンパは消えてしまい後に続かなかった。

 <提案>今の外務省のビルぶっ壊して、石橋ビルを建てよう。外務省はろくなのいないから廃止で、「日本外務省」というもう一つ外務省を作って、今の外務省を干すのもいい。

 ホイットニー将軍は憲法を受け入れれば、天皇の地位は安泰だよと言っている。これは殆ど脅迫ではないのか?これを受け入れないとあなた達は権力の座に残り続けられませんよと来たもんだから、もうね…。何をか言わんや。憲法制定後の初の選挙でできたのは片山社会主義政権。なぜか?

 これは彼がクリスチャンだから。当時人種・宗教の優位が当たり前だった、文化人類学が流行る以前の時代であったからこれは当然だろう。今の人は戦後史やってないと白人以外は劣等人種だから、邪教から解放してキリスト教によって更生させなくてはならないなんて言ってた事にピンと来ないと思うが。劣等人種だから白人と掛けあわせてハーフにして人種を作り変えなくちゃいけないとか真剣に議論してましたからね。

 片山/芦田と左派政権はGS側。GSが作った政権が農相平野が米に気に食わないとなると政権が崩壊した。この事例は米に都合が悪くなるとすぐまた別の首相のにするということを意味する。そして芦田内閣は昭和電工事件で崩壊する。これは14年費やし有罪はなかった。あれ?どっかで見たような…。

 G2が昭和電工事件を利用して政界どころか占領軍=GSにまで及んでおり、GHQ内ゲバ・権力争いだった。G2=吉田・朝日&読売 VS GS=芦田・リベラル勢力という図式だった。疑獄事件によって政争を仕掛け、権力闘争に勝利するというのはここに始まる。

 GHQが特捜を作った。んで特捜が政界引退と引換に芦田に操作打ち切りを示唆したとか。もうどう見ても米御用達です。本当にありがとうございました。むしろここまで露骨な政争の道具、権力掌握の手段が今までよく存続できたよなぁ…。芦田は一回目だからともかく二回目の角栄で気づけよ!

 量的にこんなもんかな?次回に続きます3回くらいで終わるかな?

続き→戦後史の正体/孫崎享②

続き→戦後史の正体/孫崎享③