てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

歴史とは何か(五章~ラスト)

歴史とは何か (岩波新書)/岩波書店

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五章進歩としての歴史

 続きの前に少し訂正。バウィック教授が言ったように過去に対して建設的な見解を持っていないと歴史家はミスティシズムかシニシズムに陥いりがち。前者は神学や終末観で歴史を語り、後者は歴史にそもそも意味などないのだと、意味そのものを否定する。あるいは歴史は多くの意味を持ち、見ようによって好きな意味を与えられると考える。

 では建設的な見方とは何か?古典的文明は根本的に非歴史的なものだった。彼らは過去にも未来に対してもほとんど関心がなかった。トゥキュディデスはそれ以前にも以後にも重要な事件があるとは考えなかった。循環的史観で明るい未来は過去の黄金時代への復帰という見解しかなかった。

 そこには過去も未来の意識もなかった。ウェルギリウスはアエネイスで循環的な見方を突き破りそうな姿を見せた。「われ涯しなき領土を与えぬ」というのは甚だ非古典的な思想であり、そのため半ばキリスト教の予言者として認められるに至った。

 歴史に目的論的歴史観が導入されたのはユダヤ教以後。歴史にゴールの観念が入るということは、自ずと歴史に終わりがあることになった。歴史に到達点答えがある。つまり歴史そのものが弁神論になった。これが中世的歴史観だった。それがルネサンスになると人間中心、古典的な見方が復活することになった。

 が、未来感について言えば古典のペシミスティックなそれでなく、ユダヤ・キリスト的なオプティミスティックなそれを継承した。時間の流れも意味あるものと代わった。ホラチウスの「時とともに滅せざるものあらんや」とベーコンの「真理は時間の娘である」という見方を見れば、まさに未来に対する価値は真逆になっている事がわかる。

 英啓蒙時代の最大歴史家ギボンは富、幸福、知識、美徳が増え、今後もそうなるというテーマで書いていた。英帝国の繁栄にその史観は裏打ちされていた。この時代の英の歴史家はそういう空気で育った。

 ロシア革命が起こると「進歩」という言葉に否定的な色合いが加わり出し、西洋の没落が論じられ出す。ラッセルは百年前より自由が少なくなっているとしたがこれは階級的偏見である。テーラーが言う文明の没落に関する議論は「昔の大学教授は女中を使っていたが、今は自分で洗い物をしている」というだけのこと。分析する立場・視点が違うだけ。見ようによってはこれもまた進歩のシンボルといえる。

 アフリカで白人の優越性が失われたことも、利権がある人にとっては痛い事だが他の人には進歩に見えるかもしれない。現在より過去の進歩の観念が正しいとは限らない。また英語圏とそれ以外の観念、インテリより庶民の意見を正しいとしなければならない理由はない。今が進歩か没落なのか誰にもわからない。

 生物的な進化と社会的な進歩は混同されてきた。自然も歴史も同じ法則に基づくと考えられていた。しかし自然が進化して一体どうゴールに向かうというのか。ヘーゲルは自然は進化せずとも、歴史は進歩すると切り離してこの困難を乗り切った。ダーウィンにより自然も進化するという観念が与えられた。

 が、生物的進化というものは何百万という単位で測られるものであり、歴史の進歩とは獲得された技術を次世代へと継承することで意味を持つもの。進化と進歩は異なる。

 進歩に明確な始まりや終りがあると考える必要がない。いつ進歩・文明が始まったかと悩む必要はない。ましてや終わりにおいておや。

 ヘーゲルプロイセン王国を持って進歩の終わりと見たのは、自身の予言は不可能であるという見解に無理な解釈を施した結果。未来の歴史はもうないとラグビーも唱えたし、目的・ゴールを設定したマルクスのプロレタリア革命のロジックは魅力的だった。

アクトンは歴史を自由へ向かう進歩と捉え、それを記録することでより自由の理解が進むとみた。(※自由が自ずと進むから歴史になるという過程と、歴史家がそれを重視するから現実化していくという相互作用ですね)。

 信仰なら既に答えは明示されているが歴史はそうではない。未来の答えは不明。歴史は経験して、実現して後からまとめられて初めて分かるもの。現在の私達が途中経過にある場合はわからない。

 進歩が逆転も中断もなく段階的に行われるわけではない。退歩も必ずある。ヘーゲルマルクスが挙げた2~4の文明、トインビーの21の文明―文明有機体論、サイクル論は誤り。 文明が人間の一生のように繁栄・衰退をすると見るのは無理がある。しかし、文明の盛衰を見れば、それが時間的・空間的に連続する必要性はないことがわかる。もし私が歴史法則に熱中していたら、ある時期、その文明に指導的な役割を果たした集団は、次の文明では指導的な役割を果たす事が出来ないということを述べるだろう。

 その集団には伝統・関心・イデオロギーが強く染みこんでしまっているゆえに、次の時代の欲求や条件に適応すうることは出来ないだろうから。あるグループには没落の時代でも別のグループにとっては進歩の時代になりうる。すべての人に進歩が平等で同時ということはない。

 歴史に意味を認めず、進歩は死んだとする懐疑論者達は単にこの旧時代の部類に属しているだけ。最早自分たちの指導的役割は終わったのだといっても受けいられないだけなのである。私達が進歩の仮説を失うべきでないとすれば、こうした非連続という条件を認めなくてはならない。

 西欧の没落以来、欧州の世界の主導的役割というものが衰えて久しいが、今それを米ソ→米と見る時代に間違いはないが、そこから中やブラジル・印に行くのか、もし再び欧に戻ることになれば、この間は欧州の一時的な空白時代・後退現象として記されるのかな。まあ完全に欧州主導というのは難しいが

  進歩の本質的内容は何か?人権・富を広めることか?歴史に進歩の仮説を適用し、その人の行動を進歩として解釈するのは歴史家。歴史の進歩とは獲得された資産の伝達を基礎とする。物だけでなく、技術的・社会的な知識や経験の伝承が重要。それがなければ伝承の力は十全に発揮されえない。

 20世紀に入って社会形成の働きに、国内外問わず、進歩があったのか?むしろ退歩があったのではないかということが重要になる。社会的存在としての人間の進化は宿命的に技術の進歩に遅れてきたのではないか?地中海から西欧に、仏革命の時期など新旧交代の時期には激しい衝突が起こった。

 このような時期に値して、我々の道徳的性質や能力が衰えたからということではなく、大陸・国家・階級の間にバランス・オブ・パワーの移動が進んでいるために、通常より負担が増えて、我々が想定している進歩、社会に働きかける人為の力がうまく発揮されないでいるのではないか

 進歩についてまとめると、ゴールがあるとはしない。不可避的な過程があると信じるのではなく、人間の可能性の漸次的発展を信じるということ。ある段階に到達して初めて進歩と振り返ることが出来る。文明社会とは後世のために義務として、よりよい未来を願って現世の犠牲を押し付けるものなのである。

 歴史家にとってその説明に最も適う理由が重要。交通事故の色々な理由のうち見当違いのものより、何が交通事故を減少させるのかという最も重要な理由を探すように目的に適う理由を歴史家は探してくるもの。

 当代の天才歴史家がどう考えてもわからない問題の回答を次代の凡庸な歴史家があっさり解き明かしてしまう可能性があるのが歴史の悲劇かな。数十年後重大事件が起こったら、未来の光によってあっという間に解釈が変わってしまうだろうから。過去の天才史家も数世代後の凡庸な歴史家に敵わないというね…

 立憲的自由がテーマなときはそれで歴史が書かれていた。それに変わって経済的・社会的関心が高まるとそれに従って書かれるようになった。人類発展における一層広く進んだ段階を表しているから、政治一点張りの解釈より進んだと見て良い。古い解釈は否定されたのではなく新しい解釈に包括された。

 歴史記述は進歩する科学である。諸事件のコースに耐えず広さと深さとを与えていくから。これらが建設的な見方が必要であるという意味。このような進歩の二重の信仰こそが歴史記述を成長させ、今日まで可能にしてきた。進歩の信仰が重要性の規準と必然と偶然を区別する規準を与える。

 歴史判断の規準を未来に求めると当然批判がある。成功、結果こそが正しいとしてしまうこと。存在と当為、事実と価値の対立は絶対的であり、前者から後者を引き出すことは出来ないとすること。

 しかし歴史とは勝者と成功の記録であり、行いそこねたことが記録されるものではない。無論、反対派を軽視したり、辛勝を楽勝・大勝にしてはいけないし、時に敗者のほうが究極の結果に大きな貢献をすることもある。が、歴史家は勝者でも敗者でも何かを成し遂げた人を問題とする。クリケット史が偉大なプレーヤーを記録して、二流を記録しないのと同じ。貢献した者だけを記すのが歴史なのだ。

 ヘーゲルが国家を作る民族のみ興味があるとするのは、社会の組織化に成功した民族だけが原始的野蛮人の枠を超えて歴史に書かれるのである。そうでなくては我々の興味関心対象にはならない。

 カーライルは世界無法精神という言葉を気に入って使ったが、ルイ15世はその権化であり、彼を非難した。この非難もある時代に適切だったものが次の時代には無法になったため。バーリンはビスマルクを道徳的欠陥にかかわらず天才と称賛し、彼と比較してヨーゼフ二世、ロベスピエール、レーニン、ヒトラーなどを成し遂げられなかった人として劣った評価をつけた。彼らは役に立たない抽象理論に引きづられたと。

 とすると、歴史の判断の規準は「最も役に立つもの」ということになる。これは正しいか?

 政治的決定が妥協に基づくように、歴史の解釈も同じ妥協に根ざしている。抽象的な規準で過去を非難するのは誤謬。役に立つという規準は存在するものは全て正しいという価値判断に近くなる。

 歴史上には意味深い失敗というものがあるし、「成功の遅延」というものがある。今日の失敗があすの成功の元になることがある。仮にビスマルクが成功したとしても、本当にそうとはいえない。彼の成功がドイツ帝国の将来の破滅の基礎を築いたと言えなくもないから。無論独にのみ責任を見るのも不当だが。

 ただ言えることは、このような問題について解答を出すのに今の歴史家より未来の歴史家であればあるほど客観的判断に近いということ。歴史のコースが進むに従って発展するところの規準にのみ基づきうるものだから。歴史は過去と未来の間に一貫した関係を持って初めて、意味と客観性が生まれるもの。

 事実と価値は密接に結びついている。原始キリスト教、中世の教皇時代のそれ、スペインまたアメリカのそれを見ればいかに価値観が事実に反映されているかわかる。価値を事実から引き出すことは出来ないが、事実に裏付けされているのもまた事実。歴史における進歩は事実と価値の相互作用として実現される

 真理という言葉は事実と価値の二つの世界を股にかけたもの。二重機能を持つ。例えばロンドンに出かけたという事実を真理とは言わない。そこには何の価値もないから真理にならない。事実と価値の両端の挟間に歴史的真理がある。静止した世界なら価値と事実を分けられても、現実の世界ではそうはいかない。

 歴史を神学・文学として書くことはもちろん可能。しかし本当の意味の歴史とはこのような未来への指向性、未来への進歩という信仰を伴って初めて書けるもの。未来への感心を失った個人・社会は進歩しようという意欲が失われた存在になるだろう。