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てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

安心供与というロジックの話

 安全保障には威嚇の論理と安心供与の論理がある。攻めてきたら反撃で相手をひどい目に合わすぞというロジックと、相手にウチの国は攻め込む必要性がそもそも無いですよ~とか平和的な国なので軍事力行使のハードルは高いですよ~とかまあそういうロジックですよね。「安心供与」というロジックはあまり注目されない気がするので、ツイートで見たこともあってご紹介。

 ただ、威嚇(抑止)を強化し、後者の安心供与を無視ししてしまう今の安倍政権はおかしいという話は?と思う所がありますね。まあ、言いたいことはわかるのですが、安全保障のロジックにその硬軟二面性が存在する以上、どちらか片手落ちになるのは歪んでいるのでいずれにせよ両方やらなくちゃいけませんからね。

 抑止力を強化したから、危険だ!とか安心供与をせえや!ってのはちょっと筋違いというか的はずれな気がしますね。無論、安心供与のロジックを損なってはいけないからそれをしっかり注意してやりましょうね!という主張はごもっともですし、己も同意するのですけども(以前、そんな話を安倍外交の戦略的誤りみたいな話で数本ブログに書きましたし)。

 ですから抑止力の強化による威嚇論理の向上&安心供与論理の後退という話はその通りで理解できるのですが、それが戦後に築かれた平和主義の解体である!それを安全保障の論理として主張するのはおかしい!というのもまた違うと思います。これだけ周辺諸国で危険性が高まれば、中国の台頭・隣国に大国が出現するという事態にあって抑止力を強化せずにいられるわけ無いでしょう。常識的に考えて。

 どんな政権だろうが、総理・リーダーだろうが、こういう国際情勢・地域情勢であるならば、軍事力強化をしないわけには行きませんよ。それこそ相手側が同じように安心供与をしてくれるのならともかく、そうではないんですから尚更そうでしょう。

 過去の侵略を認めるかどうか。慰安婦問題への対処なども大きな意味で安心供与のロジックに含まれる。狭義の意味での海外派兵や潜水艦の輸出も含めて安心供与の一部になる。憲法九条とか不戦の誓いや、過去の反省は立派な安全保障政策であり、昨今の安保論者が抑止力の強化を主張してばかりで、その安心供与を主張しないのはけしからん!

 ―という感じの主張だったのですが、それは「日本」という一国からしかみていませんよね?言うまでもなく双務的というか、日本以外の周辺諸国との関係がどうなっているのかという複合的に考えるべきものですから、そもそも日本が地域のリスク要因だった70年前くらいと根本的に国際力学が違うのですから、前提認識がおかしいのでは?と思わざるをえないんですよね。

 日本の過去の侵略の有無・慰安婦問題を「安心供与」という点から捉えると、それに否定的な現政権の対応は「安心供与」を損なっていると考えられるのは理解できます。ですが、仮に日本が侵略国ではない!慰安婦問題はない!と主張したところで、日本が既存秩序を武力で変更すると考える国はあるでしょうか?

 せいぜい、現安倍政権が危険な火遊び外交をすることで、中国を不必要に挑発し、米を中国との戦争に巻き込もうとしているーと判断するのが関の山ではないでしょうか?中日衝突という最悪の事態を回避したいと考える国際社会では、概ね安倍=ナショナリスト、こいつ大丈夫か?位の感覚だと思いますけどね。

 つまり現政権は、国内の政権基盤維持のために、反中的な声を利用する。ナショナリズムに訴える危険性がある。しかし、政権維持が目的で、日本の軍事力を考えても、国際力学考えても、それが現実化するなんて露にも思わないでしょう。少なくとも、国際政治を分析する担当官や学者は。

 そういうことを考えると、安心供与の点で、慰安婦・侵略という二点をそんなに重視するべきことだとは思えませんけどね。まあ、いい兆候と思わないのは確かですが…。それより米欧サイドはISISとかウクライナ問題で日本に協力をしてほしいと思うんじゃないでしょうかね?

 日本の「平和主義」を考えてみると、これまでは国際情勢がどうあろうと、良い軍事派遣だろうと悪いものであろうと、どちらもダメという硬直したものだったわけですよね。その縛りを外す枷として、「日本=侵略国ではない」論が当然出てくるわけです。日本の国際貢献を促すのに、むしろある程度許容する立場の方が優勢なのではないでしょうか?

 まあ、そんなに日本が国際貢献したら、国際社会が抱える特定の問題が解決される!みたいなパワーや特殊技術があるわけではないので、そこまで大歓迎!みたいな事にはならないでしょうけど。かのように、むしろそこまで強い関心・興味を駆り立てるトピックではないでしょうね。

 まあ、侵略国だったとかそんなことどうでもいいので、今の国際社会の課題・問題を解決する方法・策を出せという話ですよね。日中韓どこも建設的な、未来ビジョンの提案示せない事のほうが大問題じゃないでしょうか?その安心供与事態が「過去思考」ですよね。それで未来につながればまた別ですが。大事なのは「未来志向」なのでね。

 あんまり理解されていないと思いますけども、それがどういう意味合いであれ歴史認識」というロジックを持ち出せば、それが必然的に「過去思考」を伴い「未来志向」を損なうという東アの地域秩序のロジックがあります。国際協調を妨げる「過去思考」がいつまで許容されるかがかなり重要なワードだと思いますね。流石に戦後100年経ったら「歴史認識」は国際社会に通用しなくなると思いますね。

 慰安婦問題は賠償・補償というものが絡むので、反発するのも理由があるのでわかりますが、侵略国云々はむしろ、だから何?の領域ですよね、本来。それで何が変わるわけでもないんですから。むしろ日本のソフトパワーを損ねるマイナス・自滅でしょう。それに過剰に反応する側の問題じゃないでしょうかねぇ?

 そもそも安全供与よりも信頼醸成措置、目に見える形でお互いの軍事力行使がありえないことを可視化していくとか、そちらの方がよっぽど意味があると思うんですけどね。東アにおいてはまず意味の乏しい諍いがあるという構造を理解しないとダメだと思うんですけどね。

 基本的に「歴史問題」などは、関係を停滞させる正当な理由にならない。そういう当たり前のロジックがどうしてこうも通用しないのでしょうかねぇ?歴史認識が仮におかしいとしても、それとこれとはまるで別の話ですからねぇ。「歴史認識」なんて持ちだしたらそもそも外交にならないですからねぇ。

 今の東アを見て、死活的な利害衝突・問題があって、それが戦争事由になりえるか(尖閣とか)?リアリズムから見て韓日擬似同盟関係の促進を阻みうる正当な理由足りえるか?とか、ちょっと考えたらそれが通常のロジックでは考えられない、異常な反応とか気づきそうなものなんですけどね。

 あと、くだらないことなんですが、「侵略国」云々てのは、当然中とか東南アジアや豪とか当時の大戦当事国などが対象で、韓国併合国際法的に合法になってるので、韓国さんは除外でいいのでしょうか?「中国さん&他!すいませんでした。ただし韓国テメーはダメだ」になってしまうような気がするのですが…。