てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神③

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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神②

 ―の続きです。もっと前に終わっていましたが、公開どこをどうするかとか色々迷っていて遅れました。一応①にちょっと手を加えて、①と②のバランス考えていじくるはずだったんですが、どこが節で分かれてるか解んなくなっちゃっていじくれなくなってしまいました。なんかめんどいんでそのままで。 第二章 禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理(世俗内的禁欲の宗教的諸基盤―をチラッと書くつもりでしたが、まとめるのめんどくさいし、需要もなさそうなので飛ばしました。というかこれすら書く必用があるのか迷いましたが、まあ一応載せておきます。

二 禁欲と資本主義精神

 来世がすべてでであって、聖餐に参加できるかどうかが非常に重要な意味を持った時代、われわれからは考えられない程宗教的関心が高かった時代には、霊的司牧(牧会)の実践(その宗教的諸力)が、国民性を決定していた。これをよりさぐるためにもっとも天職理念の首尾一貫した基礎付けがされている英のピュウリタニズム、その代表者としてバックスターを取り上げる。

 ※ブレンターノのいうアングロ・サクソン的なそれに過ぎないという批判は間違っている。他の禁欲的代表者を取り上げることもできたが、ここで彼を取り上げたのは17世紀後半の功利主義転化直前の禁欲運動を明らかにしたかったから。それだけに考察をしぼったのではない。

 ここで問題になるのは未だに富を獲得することは厳しく注意されていること。そして道徳的に排斥すべきものは獲得した富の上に享楽すること、怠惰や肉の欲によって聖別された生活から離れることがダメだとしていること。神の栄光を増すのに意味があるのは行為だけなので、その行為をやめることが問題になる。そのために時間を無駄遣いすることは許されない。ここではまだフランクリンのような時間は貨幣だという観念は生まれてはいないけれども、神のために使う時間を無駄にすることは罪という観念が生まれている。「貨幣」が「神の恩恵」になる一歩前の萌芽段階になっている。黙想も日曜日があるのだから、それをすることは時に罪になる。バックスターの訓戒に、時間がない人に限って忙しいという言葉を連想させるような、職業的に怠惰な人に限って、神のために働く機会があるのに忙しいと言う―はまさにそれ。

 ※衝動的な利潤の追求もまた排除された。いうまでもなく高利貸・商人・両替商など宗教会議などで生産にあずかれないものとして排除されている。繰り返しだが、このような階層はこれまでもいた、昔から変わらない要素。この種の階層はこの研究で問題にしている担い手になりえなかった。

 勤労は体力の自然的目的にして、倫理的目的。神の栄誉となるのは行為である。われわれの公共福祉より、公共・多数派の福祉は価値高きものとなる。こうしたところから神の意志から自由主義的学説による功利主義の転化がみられる。

 時間の浪費は自分の霊魂を軽んずるもの。時間の重視は近代人の特徴に思われているが、この時間間隔の始まりは修道院に始まったもの。教会の鐘は彼らが時間を区分して生活するために始まったものだということを忘れてはならない。

 聖なる義務のために時間がないと言うのは自分の職業的を怠けている人。こうしたところから都市、合理的生活を営む市民層こそ禁欲的諸徳性があるとみなされる。今日の独の聖職者の観念とは真逆。敬虔派は農村では善性がまるで見られないとしている。彼らはこの禁欲の担い手たる階層になりえなかった。農村の倫理の賛美は極めて新しいもの。

 そうか、道徳・倫理の担い手が嘘くさい・信用を失っているというのは新しい価値・基準を作れないから、既成のお決まりの言葉をうまい理由づけもできずにおうむ返しするから嘘くさいのか。新しいものを提唱して、今後これは古くなったからいいよ、あるいはそこまで重視しなくていいよという法・慣例の変更がないから、そのような階層・職業人が価値を失っているのか

 ピュウリタニズムによる性的禁欲は「生めよ殖えよ」以外の性交渉は倫理外となった。これによって衛生学上の利点、さらに夫婦の関係も洗練され、精神的・倫理的なものとなり、結婚における婦人の地位向上につながった。洗礼派は婦人の良心の自由を保護し、万人祭司論を婦人にまで拡大した。

 労働は神の定めたもうた生活の自己目的。労働意欲のないものは神の恩恵の地位を喪失した者。中世的行動様式ではこれは万人に適用されるものではもちろんなかった。働かずに財産生活できるものはこの限りではないし、黙想は価値のあるものとされていた。修道士の「生産性」を豊かにする最高の形態は祈祷と聖歌合唱によってthesaurus ecclesiae教会の宝庫を豊かにすることだと考えられていた。自分の必要を満たすため以上に神から与えられた天職が存在する以上、だれもが働かねばならない。

 ※余談p306に天職・callingとルッター派の記述がここにあるのだが、ここからか?例のルッターはcallingと訳していない云々かんぬんのアレは?どう見てもルッターのポイントはBeruf訳であって、そもそもcallingに訳す・訳していない―なんてことは全く本筋と関係ないんですが…それは?あとルッターとルッタ―派、開祖とその後の宗派の違いというのは気をつけるべきだってウェーバー自身もコメントしているのに、その違いを見落としているってことですかね…。これに基づいてルターはcallingと訳していないだろ!いい加減にしろ!って主張をしているのは。どう見てもルッター「派」であってルッタ―がどう訳したかなんて関係ないんだけどなぁ…。

 ※ルッター派・敬虔派シュペーナーでは天職は神が与えたものになる故、天職を変えることは許されない。

 労働そのものではなく合理的な職業労働こそが恩恵の地位にあるために必要なもの、日雇い労働などは天職とみなされない。今の派遣労働者は救われておらず、救済・神の恩恵が与えられない状態ですね。どんどん日本人から救済が奪われていっている、神の恩恵が失われていっているということになるんでしょうなぁ。兼業も公共の福祉ないし自分自身の福祉に役立ち、兼業によりいづれかの職業に不誠実にならなければ認められていた。天職も認められていた。道徳的規準、全体に対する財の重要性、収益性という順で職業の有益性が判断され認められていた。無論収益性が客観的なそれになるため実践的にはこれが重要になった。すべては神の御業によるものなのだから、そこに収益性が見いだせるならば、これは神の意図と捉えるしかない。貧しいことを願うのは病気になるのと同じことであり、神の栄光を損なうこととされた。それのみでなく労働能力があるものが乞食になることは使徒の言葉から明らかに隣人愛に反することだった。

 ※インドの救済論を見ると、倫理の教説と心理的起動力の創造は全く別物だということがわかる。ヒンズー教徒は再生をするためには生れついた職業カーストの伝統的義務をこなすしかない。伝統主義の宗教的基礎の中で最も強固なもの。この倫理はピュウリタニズムの倫理の一貫した反定立となっている。また身分的伝統主義という点においてユダヤ教の一貫した反定立となっている。ユダヤ教のそれについてはちょっと不明。

 自分自身以上に隣人を愛せよとは命じていない。よって隣人に財を分け与える以上に、隣人愛を実行する=神の目的にかなうと考えられるときには隣人に分け与える必要はない。

 バックスターの天職も認められるという観念は現実的反映ではない。普及地では貧しいものが多かった。飢えを満たす(?)だけで精いっぱいという貧しい人は幸いであるという状況だった。トマス・アダムスは貧しい人はそれ以上儲けようとは考えない、飢えを満たす分だけ。正直な報酬以上に良心を汚すならば欲することはしない。つまり正直な結果得られたものは正当であるということ。

 ミルトンがmiddle class こそが道徳の担い手であると述べたたこと。それは奢侈や窮乏にある者は道徳的訓練を妨げ、担い手になりえないから。

 カトリックでは自由派が同じような教説を持っていてもそれは教会権威の外の弛緩した倫理の産物だった。カトリックでは条件付きの承認だったのに対し、プロテスタンティズムでは積極的な承認を与えられたという根本的差異があった。

 ルッターがベン・シラの知恵を初めてBerufと翻訳したが、ヘレニズムの影響にもかかわらずそれは旧約聖書の中では伝統主義の色彩を持っている。ドイツ敬虔派・ルッター派がこれに深い影響を受けているのは特徴的である。外典(アポクリファ)を聖霊の影響外として排斥し、その分正典(カノン)のヨブ記が強い影響持つことになる。絶対の神と、それを信仰する人間に対する神の祝福がヨブ記のテーマ。バックスターは旧約の中でも形式合理性が神に喜ばれるところをピックアップし、新約によってモーセの律法が解除された部分は限られており、自然法の一部として今も存在するという発想は、近代の生活に適応しないものを削除するとともに合法性の精神を強化する方向に導いた。イギリスのピュウリタニズムをイギリスのヘブライ人というのはまさに的を得たもの。ただそれはパレスチナにおいて聖書が成立したそれではなく、タルムードでの教育時代のそれである。またその対比にも十分注意が必要。ユダヤ教の人生そのものの囚われない尊重という態度はピュウリタニズムとは真逆であるから。そしてなにより、前者は政治的・投機的パーリア的資本主義であるのに対し、後者・ピュウリタニズムのエートスは市民的・合理的経営と合理的な労働組織であり、異なるものだった。ピュウリタニズムは己の適合するものだけをユダヤ教から採用して構成していった。

 神の選民だという信仰が資本主義に重要な厳格な市民生活の空気を形成していった(件の史上例を見ない英雄主義)。

 ※イスラエルの神の人間化の厳禁の影響を受けてピュウリタニズムも被造物神化の厳禁という精神として受け継いでいる。タルムード的ユダヤ教はピュウリタンに近しいものを持っている。タルムードで律法で義務化されていないのにもかかわらず、善行を義務として行うのはより良いことだとして神から多くの報奨を受けるとされていた。つまり愛なき義務の遂行は感情的な博愛よりも倫理的に高いと教えているとすれば、ちょうど敬虔派の教育を受けたカントが結果としてこのような教義に近づいているようにピュウリタニズムの倫理は本質上この倫理を受け入れたと思われる。

 ゾンバルトユダヤ教ユダヤ人が資本主義に影響を与えたとする諸説について、ウェーバーユダヤ教の二重規範・二重倫理という性質上、ウェーバーが問題としている市民生活・日常生活の徹底的な厳格化・合理化→資本主義というテーゼにはありえないとしている。一見かなり奇妙であるがユダヤ教の倫理は終始伝統主義的だった。彼らはピュウリタンが嫌悪する投機に専念していた。必要な留保条件をつけた上でユダヤ教は賤民資本主義であり、ピュウリタンは市民的な労働組織だった。

 禁欲は現世の享楽に対して全力を上げて反対した。ジェイムズ一世とチャールズ一世がピュウリタニズムの厳格化の緩和のために遊戯教書を出して娯楽を彼らに認めさせようとしたところ、彼らはそれに徹底的に反対した。反権威的な禁欲傾向を挫折させる必要があった。反王権的な人々に対して王権に親和的な者たちを確保する必要があった。ピュウリタンたちは自分たちの特性を脅かそうとするものに対して対抗をした。そうでなければそこまで原則的に拒否をしなければならないものでもなかった。

 ※カルヴィニズムの倫理的担い手になったのは小市民層

 したがって文化財に対する態度も懐疑的・反対的になる。学問については嫌悪されたスコラ学以外は促進させる効果をもたらしたが、芸術領域になると話はまるで異なってくる。迷信の匂いのする儀式を、無邪気な祭りのたぐいでも許さなかった。オランダのレアリズム芸術が発達したのは、カルヴィニズムの神権政治が短時間で解体したゆえ。封建領主層、都市貴族層=一種の地代・金利生活者階層の影響や富裕化した小市民の享楽欲に対していかに無力かということがわかる。ピュウリタンは劇場を排斥し、愛欲的なものや裸体などをあらゆるところから一切閉めだしてしまった。文学芸術を排斥する過激な態度に注意すべき。特に著しかったのが身につける装飾品・服装など。生産の「規格化」standardizationという資本主義の要求に形影相伴っている、あの生活様式の画一化という強力な傾向は、元々「被造物神化」の拒否をその観念的基礎としていた。忘れてはならないのはピュウリタニズムは矛盾する無数のものを含んでいたこと。ピュウリタンの中から天才レンブラントが出てきている。

 ※エリザベス朝以後、戯曲・叙情詩・民謡が枯渇した。造形美術はあまりピュウリタニズムの抑圧を受けなかった。極めて優秀だと思われる音楽的才能が全く影を潜めてしまった。音楽史におけるイギリスの役割はかなり重要。それ以来この方面ではアングロ・サクソンはずっと同じ状態。黒人教会の職業歌手のほかは教会音楽としてドイツ人にとって聞くに耐えない金切り声ばかり。オランダも部分的には同様。

 オランダのカルヴァンは倫理の実際生活への浸透が比較的少なく、禁欲的精神の弱化がすでに一七世紀の初頭から始まり、フレデリック・ヘンドリック総督時代には完全に弱化してしまった。この一部の原因は分率主義的な政治組織と弱小な軍事力(独立戦争はまもなくアムステルダムの貨幣と傭兵軍の力で遂行されるようになった)だろう。真剣な信仰闘争は他人任せとなり、それとともに政治権力への参加も取り逃がしてしまった。対照的にクロムウェルの軍隊は市民軍だった。それだけにこの軍隊が従軍義務の廃止のプログラムを持っていたのは特徴的だった。それは神の栄光のための良心の善と認めた事柄のためだけに戦うことが許され、君主の機嫌のために戦うことは許されないと考えられたからだ。ドイツの伝統的観念から言うと「不道徳」だが、歴史的に見ると「道徳的」な動機から作られた軍隊だった。だが王政復古後はそれが王室に奉仕するものとなってしまった。オランダではDeftigkeit(英語のnobleに相当)という概念は市民的・合理的な「名望」と都市貴族的な身分意識の一種の混合物だ。オランダの教会で座席が今日でも階級序列に従って配置されていることは、この国の教会制度の貴族主義的性格を示している。中世都市的な都市経済の存続は工業の発達を阻止してしまった。工業の反映は南ネーデルラントからの亡命者によるもので、一時好況を引き起こしただけだった。と言ってもオランダでもカルヴァン派や敬虔派の世俗内的禁欲は、他の国々と全く同一の方向に作用した。カルヴァン派オランダに文芸と呼べるものは見つからない。アメリカにおけるニュー・ネーデルランド植民地は、本来商人として資本を支出したpatronen地主による半封建的な支配だった。それでニュー・イングランドとは反対にここに貧民たちを植民させることは困難だった。

 ピュウリタンはおりあるごとにシェイクスピアを憎み軽蔑した。よって都市当局が劇場を閉鎖した。

 早くも一七世紀初頭、アムステルダムで一牧師の妻が流行りの帽子と衣装を着用していたことに端を発し、激しい騒動が十年にわたって亡命者の教団に荒れ狂った。Roundheads円頭派の円い髪型はピュウリタン独特の聖なるスタイルだったのか。男性の嘲笑を受ける服装も今日のそれと原理的に同じと。神・教会が理想的服装・髪型を制定していたのか。

 王政復古期の社会も国民文学に対しては徹頭徹尾冷淡だった。どの国の宮廷でもヴェルサイユの影響が万能の力を振るっていた。ワシントン・アーヴィングいわく、政治的自由(我々からするとピュウリタニズムが―)は空想fancyのあそびと言うよりは、むしろ構想imaginationの力を明白に示していると。この定式化が正しいのはスコットランド人がイギリス学問・文学・技術上の発明、経済生活の地位を考えればわかる。バークリーによればクウェーカー派にとって「レクリエーション」として許されているのは、友人の訪問、歴史書の繙読、数学・物理の実験、園芸、経済関係その他世俗の討論だった。

 芸術や遊戯のための文化財の悦楽にはひとつの特徴的な許容の限界があった。それは支出を伴うことは許されないということ。なぜなら神の恩恵によって与えられた財貨の管理者にすぎないから。神に一デナリに至るまで委託された貨幣の報告をしなくてはならず、自分の享楽のために支出することは危険なことであったから。委託された財産に対する義務を負っており管理する僕、いやまさしく「営利機械」であった。この生活様式は中世にいくつも起源の根を見出だせるが、禁欲的プロテスタンティズムという形になって初めて一貫した倫理的基礎を見出した。これが資本主義の発展に対してどんな意義を持ったか言うまでもない。

 ※ゾンバルトは近代資本主義に折にふれて適切な指摘を行なっているが、財産蓄積の心理において二つの重要な違いがある。一つは家族や自分の生活・虚栄のためのそれと、我々が問題にしている「市民的」な財産蓄積の心理。「断念せよ、断念せよ」という禁欲の命題が、「営利せよ、営利せよ」という資本主義の積極的な命題に転化されながら、単純かつ純粋に一種の絶対命令としてその非合理な姿で我々の前に立ち現れている。人間の虚栄ではなく、神の栄光と自己の義務だけがその動機だった。そして今日では、「職業」の義務だけがその動機となっている。

 プロテスタンティズムの世俗内的禁欲は、所有者の無頓着な享楽に全力を上げて反対し、享楽的な消費を圧殺した。結果財の獲得を伝統主義的倫理の障害から解き放った。利潤の追求を合法化したばかりでなく、神の意志に沿うものとして伝統主義の桎梏を粉砕した。バークリーが言うように合理的営利との戦いではなく、所有物の非合理的使用に対する物欲との戦い。禁欲は有産者に対する苦行を強いようとしたのではなく、必要なもの・実践上有用な物事に使用することを求めた。

 目的としての富は悪としても、結果としての富が善とされるようになると、当然富は蓄積されその所有欲と戦わざるを得なくなる。消費ができない故に投下資本とならざるを得なくなる。ニュー・イングランドの事例を見ればわかるし、ドイルという歴史家がこれを指摘している。どの時代・どの地域でも見られた「貴族化」もピュウリタンの封建的生活態度の嫌悪によってまた妨げられた。ここがポイントだろう。一七世紀の重商主義の著作家達はオランダに優越している要因を土地への資本投下と貴族化によって資本投下が妨げられないことだと考えている。「準貴族地主層」スクワイヤラーキーと社会的勢力の著しい変転はあっても、ピュウリタン諸層との軋轢は社会を縦に貫いている。ありのまま素朴な人生の喜びを味わおうとする性格と、厳格な規律と自制によって自己を統御しようとする性格。これは北米でもプランテーションを作って封建貴族的な生活をしようとした「冒険者達」とこれに対するピュウリタンという対立がそのまま見られる。英の二つの国民性といった視点も面白い。

 ※相互連環的関係になるものであって、経済→宗教などといった一義的断定・演繹はできない。国民性の強力な造形要因であるし、また自己の内部に純粋な固有の法則性と不可抗的な力を持っている。さらにいうとルッター派とカルヴァン派の間に見られる差異は宗教以外の諸要因からの影響を言うならば優れて政治的なものの制約を受けている。

 一七世紀後半のオランダの広範な市民層に見られるあの悪名高い貴族への昇進熱や爵位熱は、英蘭を比較する際十分に注意しなければならない。

 英では市民的資本による土地財産の盛んな購入に続き、農業の高揚期が到来している。

 国教会の地主は、今世紀に入っても非国教会の借地人を拒むことが稀ではなかった。現在は同等だが、昔は非国教会は少数派だった。

 レヴィは最近の論文で数多くの特徴から推論するに英国民は他の国民に比べて禁欲的エートスや市民的道徳を受け入れるのに向いた点はむしろ少ない。野卑で粗野な生活の享楽がその根本をなしていた。また今でもそうだ。ピュウリタン的禁欲の力は、あの支配の時期に、こうした性格的素質が信徒の間では適度に和らげられてしまうほどの驚くべき強さを示した。

 ジェントルマンたちのマサチューセッツの移住は上院の世襲貴族についてさえも彼らが教会に加入する場合に限ってのみ許されるものだった。

 ピュウリタニズムの精神はようやく興隆に向かおうとする小市民層や借地農民層に見出されるのが普通だったが、その中の「恵まれた豊かな人々」においてさえ古い理想の否定に行く。これは中世修道院の世俗内的禁欲が陥った運命と同じだった。合理的経済の運営が行われると財がたまり、貴族化するか、修道院の規律が崩壊するかだった。そのため規律の崩壊に直面してその改革をせねばならなかった。修道院の歴史は所有下の世俗化作用との戦いだった。ウェズリーの文章を見ればわかるように、禁欲し、節約し、利得に励めば結果として富裕にならざるをえないという苦悩がまさに記されている。勤勉・質素・富の増加により高ぶり、怒りが増し、現世の欲望や生活の見栄が増化してしまう。すると宗教のかたちは残るが精神は次第に消えていく。こうしたことを防ぐすべはないのだろうか―と苦悩する。ここに書いてあることはまさに我々が解明してきたことそのものである。  ここで形骸化のプロセスについては詳しく述べられていない。修道院時代にも似たようなコースをたどったのであるから、むしろ自明なことであるのだろうか?個人的にはこのプロセスこそもっと詳細に研究して欲しい所ではあるのだが…。他の事例などと比較して欲しかった。

 ※バニヤンの作品で金銭愛氏が信仰に入った理由なんてどうでもいい、富裕になるために信仰に入って顧客を獲得するというのがまさにそれ。

 宗教的な熱狂が過ぎて神の国を求める熱情が職業道徳へと解体される。宗教的根幹が失われ始め現世的功利主義が支配するようになる。残ったのは独自の市民的職業エトス。労働をすることは神の祝福であり、財の不平等な分配は我々があずかり知らぬところ、神の御業が働いているとして正当化されることとなった。これによって富の不平等にも安心を与えることになった(無論、施しの重要性は変わることはなかったが)。カルヴァンやピータードラクールは民衆、労働者や手工業者は貧しい時だけ勤勉である。これが資本主義の低賃金の生産性という定式化につながっていく。

 そうか、プロ倫は価値判断を含まない、資本主義の発展・登場・誕生に対して結果の出来事を伝えるだけだったが、資本主義の登場という観点の中に、負の要素やマイナスの性質が見えて来なかったが、低賃金労働を正当化するという点ではマルクス主義の批判のように、負の側面があるといえるな。資本主義の登場においていかに多くの代償を払わなくてはならなかったかという視点はマルクスも指摘しているが(インド人職人の手を切り落とした)国内労働者の収奪・搾取というのはこのことを言っているのかな?その点においてはマルクスウェーバーも問題の認識としては共通していたのかしらん?無論言うまでもなく、ウェーバー唯物史観というテーゼを厳しく否定したけども

 中世の倫理では乞食は肯定された身分だった。施しを行うことで尊いものの救済を約束するのだから。スチュアート王朝でも似たような倫理が存在したが、救貧法以後それは姿を消していく。救貧法の登場は、ピュウリタンの倫理において乞食というものが存在しなかったからこそ可能だった(乞食ができないのならば国家の社会福祉が手を貸して救済するしかない。またその倫理故に怠惰や努力不足という問題では説明がつかない社会問題として認識されたということだろう)。

 低賃金労働でもまっとうする精神を神は祝福するという言葉はどの宗派の禁欲文献にも見られた。この点ではプロテスタントの倫理は何ら新しいものをもたらさなかった(つまりこれまでの倫理の中にも同様に存在したわけだ。言うまでもなく世界中どこでもそうだったでしょうけどね、身分制度が常識ですから)。だが天職の観念から禁欲的営利経営が生まれ、その経営が労働意欲の搾取をも正当化することになり、これは新しいことであった。スチュアート期の英国教会、特にロードの思想に現れているような国庫的=独占業者的方向を持つ「有機体的」社会体制、すなわち、そうしたいわばキリスト教社会党的な下層構造を土台とする国家及び教会と「独占業者」モノポリーの同盟に抵抗するかたちをピュウリタンはとった。そのような経済感覚を持つ人々と抵抗する、国教会とピュウリタンの構図があった。当然彼らからピュウリタンは迫害を受け、デフォワなどは銀行手形のボイコットと預金の引き出しを武器としてこの迫害に勝つことを提言した。18世紀になっても非国教会派は彼らを小ブルジョア主義と罵り古いイギリスの理想を滅ぼすものとして迫害した。ピューリタンの経済エトスとユダヤ人のエトスの対立はここに根ざしており、前者のエトスこそが市民の経済的エトスということは当時の人々、例えばプリンなどもすでに知っていた。

 ※バックスターの布教によってマルクスの言う「剰余価値」の生産に適するように労働者の教育が行われた。布教と労働者の育成は共通して見られる現象。  中世の手工業者は自分の創作物に対して喜びを感じながら作ったといわれる心理的起動力が存在していると言われる。それがどのような影響力を与えたかここで検討することは出来ないが、何がしか存在したことは確かだろう。それはともかくプロテスタンティズム・禁欲がこのような現世的・世俗的な刺激を取り去って、来世を主体とするものに塗り替えてしまった。そして今では資本主義によってその来世を目的としたものも消え去ってしまったわけだが。現在見られる労働の非人間性は来世への期待があったことで成り立っていた。現代では資本主義の基礎が固まって、来世の刺激がなくても労働意欲を強制することが可能となっている。労働意欲が先に存在して、結果資本主義の土台を支えることになったわけだが、宗教的背景が消え失せることで、搾取に喜んで絶える基盤も当然喪失したといえる。外部から強制される否応なしの圧力、物理的背景だけになってしまい、労働者個人の心理的な欲求はみたされなくなってしまった。結果、搾取を正当化する論理は消失して、搾取は許さない!とするマルクス主義に吸収されていったと見ることができるだろう。思想的系譜としてはプロテスタンティズム→資本主義→(宗教的動機の後退・消失した)鉄の檻とかした資本主義→マルクス主義というところか

 17世紀に国王との政治上の権力闘争で、長期議会で独占業者たちを議会から締め出した。1652年の軍隊の布告、1653年のレベラーズの請願も内国消費税・関税・間接税の撤廃・土地単税制の実施と並んで特にfree trade全ての独占に夜営業の制限を人権侵害として撤廃することを内外に向かって要求した。大陳情書Grand Remounstranceも既にこれに近づいている。

 近代資本主義・近代化・合理的態度はキリスト教的禁欲の精神から生まれた。古代にアテナイの全盛期が何度も繰り返し現れることがないように、この禁欲が再びあらわれることはもはやない。ピュウリタンは天職人たろうと欲したが、我々は天職人たらざるをえない。近代的経済秩序、コスモスが完成した今や一切の諸個人の生活スタイルを規定する。これは化石燃料が燃え尽きてなくなるまで変わることはないだろう。バックスターは外物への配慮についてはいつでも脱ぎ去ることができるマントのようなものと考えていたが、運命は不幸にもこのマントを鋼鉄のように堅い檻にしてしまった。禁欲が世俗を改造した結果、世俗の外物はかつて歴史にその比を見ないほど強力になって、ついには逃れ得ない力を人間の上に振るようになってしまったのだ。今日では禁欲の精神は―最終的にか否か、誰が知ろう―この鉄の檻から抜けだしてしまった。ともかく勝利を遂げた資本主義は、機械の基礎の上にたって以来、この支柱をもう必要としない。禁欲を図らずも根絶した啓蒙主義のバラ色の雰囲気でさえ、今日では全く失せ果てたらしく、『天職義務』はかつての宗教的信仰の亡霊として、我々の生活を徘徊している。そして「世俗的職業を天職として遂行する」という、そうした行為を直接最高の精神的文化価値に関連させることが出来ない場合にも―あるいは逆の言い方をすれば、主観的にも単に経済的強制としてしか感じられない場合にも―今日では誰もおよそその意味を詮索しないのが普通だ。アメリカでは宗教的・倫理的な意味を取り去られて、営利活動は純粋な競争の感情、スポーツのように捉えられている。将来この鉄の檻の中に住むものは誰なのか、そして、この巨大な発展が終わるとき、全く新しい預言者たちが現れるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも―そのどちらでもなくて―一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化することになるのか、まだ誰にもわからない。それはそれとして、こうした文化発展の最後に現れる「末人たち」に取っては次の言葉が真理となるのではないか。「精神のない専門人、心情のない享楽人、この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまで既に上り詰めた、と自惚れるだろう」と。

 最後に価値判断や信仰判断の領域にはいることはここにおいてすべきことではない。むしろその他様々な政治や歴史的要因などの影響、その倫理がどういった相互影響を与えたのかという面をもっと掘り下げるべきだと言っています。禁欲的合理主義の生成と功利主義への解体のプロセスがここにおいてもっと掘り下げられるべきだと。個人的にはその解体過程こそ気になるんですけどね。そっちにもっとページ割くべきだろうという気がしましたが。いかんせんウェーバーはデータが多い…。プロテスタンティズム禁欲の生成過程において経済的条件に深く影響されているのは確かだが、一面的な「唯物論史観に代わってこれまた一面的な「唯心論」的な史観を打ち立てるつもりはまるでない。両者とも等しく可能であるが、研究の準備作業段階としてするならともかく、結論として主張されるならばそれは歴史の研究としては役に立たないから。