てくてく とことこ

15/12/18にアメブロから引っ越してきました。書評・時事ネタ(政治・社会問題)で書いていく予定です。左でも右でもなくド真ん中を行く極中主義者です。基本長いので長文が無理な方はお気をつけを

解散権の濫用

 うーん、結構継続して書いてきた、更新してきたのに調子が悪くて書けなかった。ぐぬぬ…。まあ書こうと思えば書けなくもなかったんですが、あともう一本今日中に書きたい。選挙の分析をやりたいんですが、長くなるんで気力体力が充実してからで、簡単に書けそうなものから。

【解散権の濫用の話】

 ちらっと書いた「解散権の濫用」という話。今回の解散は憲法違反ではないか?という議論があります。そしてこの「解散権の濫用」という話は実は小泉さんの05年郵政解散選挙の時にあったんですね。確かに、あの選挙は二年経たない間に解散ということになってしまいました。果たしてこれはどうなのか?合憲なのか?と確かに論争の対象になるわけですね。本来の任期が四年であり、実際四年丸々消化した例が多くないにしても、やはり三年を超えてもいないのに解散するのはおかしいのではないかと誰もが思うわけです。

 解散権が首相にあると言っても、それは内閣不信任決議案が提出されてのこと。それを受けて、では解散して民意を問うという形をとるもの。これがまずひとつ。そしてもう一つは、任期を全うした・任期が近くなったからこそ、そろそろ選挙をするというもの。基本、解散というのはこの二つしかありえない。

 任期が近くなって解散するというのは、そもそも「この内閣でこれくらいの仕事をしました、この公約を掲げて四年間邁進してまいりましたが、国民の皆さんどう思われますか?評価をお願いします」と、その四年間の政治の是非を問うからこそ解散総選挙となるわけです。もしくは新しい課題が出てきて、その新しい争点について是非を問うということ。たしかにこれまでの四年間は良かった。文句ないけども、この新しい課題については今の与党より野党の方がいいから政権交代をーということもあるわけですね。

 で、この新課題というのはいつでも任期まっとうに合わせてタイミングよく出てくるとは限らないわけです。喫緊性の課題が出てきて、どうもマニフェストに書いてあることと違う、先の選挙で約束したことと大きく異なってくるからそれに合わせて新しい公約にし直して、改めて選挙で民意を問うべきだという事態が当然起こりうるわけです。「緊急性の解散」とでもいいましょうか?だからこそ任期まっとうしない、解散は認められるはずです(まあそういった時には、野党が間違いなく内閣不信任決議案を提出するはずですけどね)。

 本来は、参議院選挙があるので、衆院選と次の衆院選の間における参議院選挙で修正マニフェスト、新マニフェストを掲げて選挙をするというのが好ましいんですけどね。さすがに大問題!となればそれを参議院選挙だけに任せることは無理があるでしょうね。もう一度衆議院を解散して民意を問うのが憲政の常道上あるべき姿でしょう。そもそも参議院では衆議院のあるべき姿をコントロール出来ないですからね、サポートは出来ても。それこそ参議院衆議院にああだこうだ口出しすることを許容しかねなくなってしまうのでそれは色々別の問題が発生してしまいますから、やはり衆議院を解散して民意を問いなおすのがベターでしょう。

【小泉解散は解散権の濫用とはいえない】

 で、小泉郵政解散を検討すると、最大目玉公約ではないにせよ、①「郵政民営化」は以前の2003年の選挙で既に掲げていた②与党内部から造反があった③参議員で否決されて成立しなかった④閣僚にも反対派がいた…という要件があります。トップの判断と重役の判断が異なる、それについて解散して民意を問うというのはかなりまとも、大義があると言えます。

 もっとも、衆議院の再可決、両院協議会や3分の2の賛成といったプロセスがまだ存在しているのに、それを経ずに解散してしまうのはいかがなものか?というのはまた別の問題、論点としてありえますね。これを経て、失敗→解散であるならば、何の問題もなかったんでしょうけど、衆議院でのギリギリ可決を見るとまず無駄な時間を消化するだけと言えますし、これについてはそれをもってして許されざることだとは言えないのではないでしょうか?

 首相、トップが掲げた公約が実行し得なくなった。しかも野党ではなく、与党の反発で。よって反対するものは公認せず刺客を立てて落選運動を図る。自分が掲げた公約の是非を改めて問い直す、議会の判断が正しいのか、それとも内閣・首相の自分の判断が正しいのかを解散して問う。これは憲政の常道上、むしろまっとうな判断といえるのではないでしょうか?

 実際、裁判を起こされて裁判所もこれは解散権の濫用には当たらないという判決が出ているようですね。個人的にこの判断は妥当ではないかと思います。

【安倍の解散は解散権の濫用である】

 では、今回の2014年解散、アベノミクス解散というのはどうなのか?という話になってくるわけです。これはおそらく憲法違反に当たるのではないでしょうか?というのは、①任期全うせず、②内閣不信任決議案提出なし、③与党内の造反、議会と内閣の齟齬というものがない。

 以上の三点を取ってみると必然性が感じられないので、違法・憲法違反となるのではないでしょうか?言うまでもなく緊急性、重要な変化があって公約を新しくしなおして新マニフェストで民意を問う必要性もありませんからね。間違いなく、一票の格差問題での違憲訴訟だけではなく、この解散権の濫用による違憲訴訟も起こるのではないでしょうか?

 反論として、財務省による増税根回しというアクションが上げられると思います。解散して民意を問わなければ、与党内の意思決定は増税賛成になってしまうという状況があったと。であるならば、これはその増税賛成派を小泉解散のように非公認にする。刺客を立てずとも従わないのなら追放するという処分が求められるでしょう。

 そしてその財務省の越権行為が問題であって、それを制限するために解散するというのなら、それをしっかり説明して、選挙後にはその財務省の権力を制限する措置を導入すべきでしょう。このような措置があった場合には、違法性・違憲性はかなり小さくなったと思われます。あえて今回の解散・選挙を肯定するものの見方をすると、財務省による恣意的な政治操作を阻むことを民意が肯定した選挙と言えます。まあ安倍(政治家・政党)VS財務省(官僚機構)なんてのは本来選挙のあり方ではないのですけどね…。

【解散権の濫用の本質は日本政治風土の異常性にある】

 イギリスだかどっかでは、解散権の制限が導入されたといいます。政治を不安定化させないため、上記の原則を満たさない解散を制限するというのは理解できるものですね。ただポイントは四年間の任期全うをルール化しているという点ですね。どこでも政治で結果を出すには一定の任期を経過しなければ出来るはずがないという常識があります。適当な期間を任せずにどうやって政治で結果を出せというのか!または評価・判定ができるというのか?―という常識・良識があちらさんには根付いているといえるでしょう。

 日本の政治は首相が任期を全うできない、内閣機能が弱いという問題がこれまで指摘されました。とにかく必要以上にくだらないこと、ささいなことで内閣を叩き過ぎる。それは小泉以後の安倍、福田、麻生、鳩山、菅、野田政権を見れば一目瞭然であると言えましょう。もちろん問題があったのは確かですが、必要以上の、かつ無理・非合理的な批判でバッシングがあったのは確かです(憲政の常道無視で己も批判しましたがそのような論理的な批判は極めて少なかったと記憶しています)。

 特に政治資金問題といった些細な事で大臣が辞めなくてはいけないこと、参議員の問責決議で大臣が辞任しなくてはならないといった慣習は、安定的な政治を任期期間内で全うするということを難しくします。この悪習は根絶されなければならないでしょう。

 安倍政権でも本人の問題が大きいとはいえこのようなスキャンダルが問題となりました。これはこれで追求されるべき問題ですが、このようなことで政権運営を危うくしてやろう!といったようなことは今後行われるべきではないと強く主張しておきたいと思います。四年間という任期で政治を実効する、そしてその結果について民意を仰ぐ。このプロセスを憲政の常道としてきっちり根付かせるべきでしょう。

 安倍氏が解散を決定した背景に、不安定な権力基盤を確固たるものにするために、党内掌握のために解散権を利用したという背景があると言われています。解散となれば公認や選挙費用の配分など否が応でもトップである安倍氏の意向を重視せずにはいられなくなるからですね。このような背景・風土があると考慮した場合、情状酌量の余地がある&今回の解散は合憲であると主張できる、そう主張することは不可能ではなくなってしまうのですね。

 つまり、自由選挙制度の導入、一票の格差問題を解消した上で公平・公正な選挙制度を導入する。そうした上で基本当選は、政治家個人の問題にする。公認や選挙資金などの要素を小さくすることで、選挙における与党内の権力ゲーム性を小さくして、解散権が首相にとって重要な政治機能である!という状況なくさないといけないということですね。

 今回の問題は、単なる一政治家の異常な判断による解散権の濫用という話ではないということを我々は知っておくべきでしょう。

 今のようなおかしな政治・選挙制度、風土ではこのような異常な行為、権力の行使をしないと政権を保てない、運営できないという要素がある。そういう背景にあって、解散権の濫用だけを制限するのが果たしいて良いことなのか悪いことなのか?という問題が起こってくる。

 解散権の濫用ということを基本的には認めるべきではない。しかしこれを否定してしまったら、また別の問題が起こる―この要素を我々は熟知しておくべきだと考えます。

 ―まあ、要するに、自由選挙制度(=カネのかからない政治制度)、選挙区是正をして一票の格差問題をなくして再選挙すればいいだけなんですけどね。

 ※そうそう、自由選挙はともかくとして、もし選挙区是正をきっちり行っていれば(一票の格差問題を解消していれば)、解散権の濫用とは言われなかったでしょうにね。「今回の選挙は違法・違憲と言われている、だからこそ一票の格差を是正して、改めて選挙をしなおして正しい民意を一刻も早く反映させたかった」―そういえば解散に正統性が与えられますので、一票の格差を是正すればよかったんですけどね。まあそんなこと自民党内の情勢を考えてできないでしょうけど(これは裏を返すと、解散権の濫用に当たるようなきわどい時期に、一票の格差を是正すれば、恣意的に解散をすることが出来るということでもありますね。そういう要素があるのがまた面白いところでしょうか?)。